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大阪高等裁判所 昭和61年(ネ)1995号 判決 1987年5月28日

控訴人兼附帯被控訴人

(以下、控訴人と略称。第一ないし第三事件原告、第四事件反訴被告)

中谷幸代

右訴訟代理人弁護士

冨永俊造

被控訴人兼昭和六二年(ネ)第二四八号附帯控訴人

(以下、被控訴人島谷と略称。第一、第三事件被告)

島谷昊

右訴訟代理人弁護士

良原栄三

被控訴人兼昭和六一年(ネ)第二三八三号附帯控訴人

(以下、被控訴人協会と略称。第一、第二事件被告、第四事件反訴原告)

和歌山県信用保証協会

右代表者理事

岩橋幸雄

右訴訟代理人弁護士

福田泰明

主文

第一  控訴人の控訴及び被控訴人和歌山県信用保証協会の附帯控訴に基づき原判決を左のとおり変更する。

(第一事件)

1  被控訴人島谷は控訴人に対し別紙物件目録1記載の建物につき別紙登記目録2記載の登記の抹消登記手続をせよ。

2  被控訴人協会は控訴人に対し、控訴人から一二四万二〇二五円の支払いを受けるのと引き換えに、別紙物件目録1記載の建物につき、訴外北村照幸が別紙登記目録1記載の登記の、被控訴人島谷が同目録2記載の登記のそれぞれ抹消登記手続をすることを承諾し、かつ、同目録3記載の登記の抹消登記手続をせよ。

(第二事件)

3 被控訴人協会が被控訴人島谷に対し別紙登記目録3記載の根抵当権に基づき昭和五七年四月二三日別紙物件目録1記載の建物に対してした不動産競売手続はこれを許さない。

(第三事件)

4 被控訴人島谷は控訴人に対し別紙物件目録のように表示されている建物全部を明け渡し、かつ、昭和六一年九月一日から右建物明渡しずみまで一か月一〇万円の割合による金員を支払え(なお、原判決中、控訴人の被控訴人島谷に対する昭和五八年一月一五日から昭和六一年八月三一日まで一カ月一〇万円の割合による金員支払請求を棄却した部分は控訴人の当審における該請求部分にかかる訴えの取下げにより失効した。)。

(第四事件)

5 控訴人は被控訴人協会に対し一二四万二〇二五円を支払え。

6 被控訴人協会の控訴人に対するその余の反訴請求を棄却する。

第二  被控訴人島谷の附帯控訴を棄却する。

第三  訴訟費用は一、二審を通じ、第一事件につき生じた分は被控訴人らの、第二事件につき生じた分は被控訴人協会の、第三事件につき生じた分は被控訴人島谷の、第四事件につき生じた分はこれを二分し、その一を控訴人の、その一を被控訴人協会の、各負担とする。

第四1  第二事件につき原裁判所が昭和五八年一月一一日にした不動産競売手続停止決定を認可する。

2  前項に限り仮に執行することができる。

理由

第一控訴人の被控訴人らに対する区分建物1に関する各登記請求(第一事件)について

1控訴人がかねてから「新宮市薬師町一番地の六地上家屋番号同所四番木造瓦葺平家建居宅三八・〇一平方メートル(一一坪五〇)」と登記簿上表示されていた建物(以下、原建物という)を所有し、その所有名義人であつたことは全当事者間に争いがない。

2次に、<証拠>を総合すると次の事実が認められる。

(一)  控訴人所有の原建物は前記のような表示にもかかわらず、現実には一部中二階(三畳の二階裏部屋)があり、また階下には下屋約二四・五八平方メートルを有していたところ(なお、以上のようなかつての原建物の現況については控訴人と被控訴人島谷間には争いがない。)、その一階部分の平面形状(外延)は別紙図面Aのとおりであり(以下、同図面上、⑧⑨⑩⑪⑫⑬⑭⑯⑮⑧で結ばれる部分を甲(1)部分といい、⑧⑦⑥⑤④⑳⑱⑰⑯⑮⑧で結ばれる部分を甲(2)部分といい、残余の南側部分を甲(3)部分という。なおまた、後記図面Bで図示されている二階部分を乙部分ともいう。)、右にいう中二階には甲(1)部分の階段―ただし、その方向は図示と反対に西から東方向へ昇る構造―によつて通じ、下屋は右甲(3)部分に該当する。

(二)  控訴人は昭和三〇年代後半の頃から右原建物を被控訴人島谷に賃貸し、同被控訴人はここで風俗営業「バーシマ」を営業していたのであるが、昭和四二年五月頃になつて、同被控訴人は右原建物の増改築をした。

(三)  そして、右増改築の内容は、(イ)前記中二階を取り壊わして総二階を増築し(ただし、一部甲(3)部分すなわち下屋の部分の上にも張り出したもの)、その内部を別紙図面B記載のとおり事務室、居間、寝室、洗面所、便所、押入などとし、さらに(ロ)原建物甲(1)部分の階段を従前と逆の方向に付け替え、あわせて壁の貼替え、窓をアルミサツシに替える等の内装工事をもしたものであつた(なお、図面Aのないしは新建材による簡単な間仕切である。)。また、二階の増築にさいしては、その主要な柱は階下からの通し柱とし、原建物の旧柱に添わせたものである(以下、右増改築後の建物全部を本件建物という)。

(四)  また、右増改築後、原建物の

登記簿(甲第一号証)は被控訴人島谷の前妻の兄北村照幸の申請に基づき昭和四二年一一月二八日付をもつて閉鎖され、あらたに別紙物件目録記載のような区分所有建物の表示登記がなされ、そのうち区分建物1については別紙登記目録1のとおり右北村名義の保存登記、やがて同2のような被控訴人島谷名義の所有権移転登記がされ、さらに被控訴人協会を権利者とする同3の根抵当権設定登記がされ、区分建物2については不動産登記法九九条ノ二の一項前段により原建物の表示がそのまま移記され、控訴人の所有名義とされた(甲第四号証。なお、右登記関係については全当事者間にも争いはない。)。

そして、右登記申請にさいしては、区分建物1の範囲はほぼ一階の甲(1)部分とその西側にある便所部分及び二階部分全部すなわち乙部分であるとしてなされ、これが受理された(またそのさい、必ずしも明らかではないが、原建物は甲(2)部分と下屋と目される同(3)部分とからなると考えられたものと思われる。甲第六号証の二、三参照)。

(五)  なお、被控訴人島谷はその後昭和四八年頃右建物での営業を炉端焼店「あじつこ」に変更し現在に至つているが、前記増改築については、当時、賃貸人控訴人の管理人西嶋久男(控訴人の姉の夫)に「店内の改造と中二階を事務所にしたいので認めてくれ。」というので同人がこれを承知したところ、右承認の範囲を大きく超えて大増改築をしたものであつて、承認の翌日には早くも着工し、大増改築の気配を察した西嶋や控訴人の母中谷年子が工事人に工事の制止をしたところ「第三者にいわれただけで中止するわけにいかん。」と答えて続行し、さらに被控訴人島谷にも来訪するよう求めたがこれに応じないうちに、夜間も工事を強行する早急な作業で完成されたものであつた。

以上の事実が認められ、右認定事実に反する原・当審における被控訴人島谷本人尋問の結果は前掲証拠に照らし採用することができない。

3ところで、控訴人は、第一事件において、前記増改築部分はすべて原建物の従として附合するものであるから控訴人の所有に属する旨主張し、被控訴人らはこれを争い、本件建物はその表示登記記載のとおり二つの独立した区分建物によつて構成される建物であり、そのうち区分建物1(現実には一階甲(1)部分と二階全部すなわち乙部分を主張)は被控訴人島谷の所有である旨主張している。

そこで、右主張の当否を前記事実関係によつて按ずるに、まず、区分建物1のうち一階部分である甲(1)の部分(または、これにその西側にある便所を附加した部分。以下省略。)は階段の方向を付け替え、内装を施したにとどまり、もともと原建物の一部を構成していたことが明白で、右甲(1)の部分を被控訴人島谷(またはその前所有名義人北村)がこれを原始取得すべきいわれはない。そして、このことは右建物の一階部分の構造に照らしても裏付けられるところである。すなわち、前記認定の図面Aの記載によつても明らかなとおり、甲(1)部分はその構造上甲(2)ひいては甲(3)部分と一部の間に簡単な間仕切がなされてはいるが、右間仕切も両者を区分するほどのものではなく、⑮の間は通行自由になつており、また甲(1)部分東側には勝手口が存し、甲(1)部分には甲(2)(3)部分を通らず出入り可能であるものの、右出入口は本来勝手口であつて、甲(3)部分の表出入口と相俟つて、その従として使用される構造となつており、全体としてみれば、甲(1)の部分は甲(2)(3)部分と一体の構造をなしていると解すべきである。さらに、右建物の用法ないし機能上の見地からこれをみても、甲(1)部分は主として厨房とされており、甲(2)(3)部分と不可分の関係で全体として用いられてはじめて営業上の機能を果すようになつていることが認められる(また、それゆえ、甲(1)部分を甲(2)(3)部分及び乙部分の共用部分と解することも困難である。)。

次に、増築された乙部分すなわち二階部分についてみるに、乙部分には便所、洗面所も設けられ、それ自体で独立した一個の居住空間を形成していることはこれを認めることができるが、もともと右増築部分は甲建物の屋上に構築された木造建物であつて、その構造も主柱は通し柱となつており、ほぼ甲建物と一体となつていると解しうるところであり、また外部との出入りも甲建物(1)部分にある勝手口と階段を使用するほかないものであつて、全体としてみれば、通常の一棟一戸の二階建木造建物と解すべきで、いまこの二階部分を一階部分と独立した区分建物とみることは困難である(また、右二階部分を一階の甲(1)部分と一体とみることは右甲(1)部分が構造上及び機能上階下のその余の部分と不可分である点からして困難である。)。

はたしてそうだとすれば、被控訴人らが区分所有の対象となると主張する甲(1)の部分はもともと原建物の一部であり、次に、乙部分すなわち二階部分も、原建物の下屋部分を含めた延面積と比較するまでもなく、原建物に従として附合したものと解するのが相当である。したがつて、また、本件建物を別紙登記目録のような一棟二戸の区分建物としてなされた表示登記は、第一に、原建物の一部分である甲(1)部分が増築により原始取得されたものとされている点において、第二に、二階部分が前記甲(1)部分と一体となつて、甲(2)(3)部分と独立した区分建物とされている点において、一種の誤登記であるというほかないものである(このように附合建物を区分建物として誤登記されている前例として最高裁昭和四四年七月二五日三小判決民集二三巻八号一六二七頁の事案参照)。

またさらに、仮にこのような賃借人の賃借建物の増築が賃貸人兼原建物所有者の承諾を得てなされた場合には、右増築部分は民法二四二条但書所定の「権原ニ因リテ」附属させたものであると解する余地が存する等法律上何らかの意味で被控訴人らに有利な資料となるとしても、本件における被控訴人島谷の増改築が賃貸人側の承諾の域を大きく超えたものであり、全体としては無断増改築と目すべきであることは前記2(五)の認定事実に照らし明らかである。

なお、また前掲証人西嶋久男はその証言中において「二階部分は被控訴人島谷のものであると思つている。したがつて、同被控訴人は一階部分を明け渡すさいには、約定に従つて、二階部分を撤去するか、そのまま無償で控訴人に置いておくかすべきである。」との趣旨の見解を述べているが、右のような証言によつて前示附合の法理が左右されないことはいうまでもない。

以上の認定判断と異なる被控訴人らの主張は採用することができない。

4そうすると、本件建物の表示登記はいずれにしても訂正を必要とするものであること前示のとおりではあるが、本件建物が全体として控訴人の所有に属すること明らかであるから、現存する該登記簿上区分建物1につき存する登記目録2の被控訴人島谷名義の所有権移転登記及び同3の被控訴人協会名義の根抵当権設定登記は各被控訴人において抹消登記手続をする義務があり、また、被控訴人協会においては、控訴人が同1の北村名義の所有権保存登記及び前記同2の被控訴人島谷名義の所有権移転登記の抹消登記手続をするにつきこれを承諾する義務があるものといわなければならない。ただし、控訴人は被控訴人協会に対する右抹消登記及び承諾請求については、一二四万二〇二五円の支払いとの引換え給付を請求しているから、その申立ての範囲で該請求を認容すべきである。したがつて、被控訴人協会は控訴人において被控訴人協会に対し一二四万二〇二五円を支払うのと引換えに右義務を履行すべきである。

5よつて、第一事件における控訴人の被控訴人らに対する請求は理由があるからこれを認容すべきである。

第二控訴人の被控訴人協会に対する第三者異議請求(第二事件)について

1被控訴人協会が昭和五七年七月二三日登記目録3記載の根抵当権に基づいて被控訴人島谷に対する競売として本件区分建物1について競売開始決定を得たうえ翌二四日その差押えをしたことは当事者間に争いがない。

2しかるところ、右区分建物1として表示されている建物部分が控訴人の所有に属し、それゆえ被控訴人協会の前記根抵当権が無効のものであることは前記第一において説示したとおりである。

3よつて、控訴人の被控訴人協会に対する前記執行排除を求める第三者異議請求は理由があるからこれを認容すべきである。

第三控訴人の被控訴人島谷に対する本件建物明渡等請求(第三事件)について

1控訴人がかねてから被控訴人島谷に対し原建物を賃貸していることは当事者間に争いがない。

また、同被控訴人がその後右賃借建物を増改築して別紙図面ABのような建物(本件建物)としたこと、右増改築部分は原建物に附合し全体として一戸一棟の建物と解すべきであることは先に第一事件について説示したとおりであるから、爾後の賃貸借目的物件は、特段の事情のないかぎり、本件建物全部であると解されるところである(もつとも、本件においては(イ)成立に争いない甲第二号証によると、当事者が昭和五六年末賃貸借の中途において作成した賃貸借契約公正証書によると、賃貸借目的物として原建物の閉鎖登記簿上の表示と同一の表示をしていることが認められるほか、(ロ)前記増改築後特段賃料が増額された形跡もないのであるが、(イ)の点については、他方において目的物を「飲食店兼住宅」と表示している部分もあり(五条)、前記の事実関係からすると、前記原建物の表示は漫然と従来の表示に従つたにすぎないか、または被控訴人島谷の増改築が承諾の範囲を大きく超えたむしろ無断増改築と目すべきものであつたところから一応該増築部分を表示から除外したものと推認されるところであり、また(ロ)の点についても賃貸人控訴人側が増改築費用を出捐していないことからして特に異とするに足りないと考えられるところである。)。

2しかるところ、控訴人は右賃貸借は合意解除された旨主張するが、これを認めるに足る確証はない。成立に争いない甲第五号証(被控訴人島谷が署名指印した昭和四二年七月一〇日付誓約書)には「いつでも明け渡す。」趣旨の記載があるが、前掲被控訴人島谷本人尋問の結果によれば右文書作成の動機と過程にははたしてその内容が真意によるものか否か疑わしい点もあり、作成日付も明らかに虚偽であることが前掲証人西嶋久男の証言によつても明白であり、また右文言自体必らずしも解約合意とは解し難い。

3次に、控訴人は信頼関係破壊を理由とする賃貸借解除を主張するので検討する。

(一)  控訴人が第三事件の訴状で被控訴人島谷に対し同旨による本件賃貸借解除の意思を表示したことは本件原審記録に照らし明白である(同被控訴人に対する右訴状送達は昭和五八年一月一四日)。

(二)  そこで、賃借人被控訴人島谷の信頼関係破壊の存否について考える。

まず、昭和四二年被控訴人島谷がした本件増改築の経緯と規模は先に第一2において認定したとおりであり同被控訴人の右工事が賃貸人控訴人側の承諾範囲を大きく超える無断大増改築と目しうるものであるにもかかわらずこれを強行したものであることも先に説示したとおりであつて、右被控訴人島谷の所為は賃借人の賃借物保管義務を著しく逸脱する背信行為であることは多言を要しないところである。

また、被控訴人島谷は、右増改築後、前妻の兄北村照幸がほしいままに前記のような実体に符合しない表示登記及び保存登記の申請をすることを容認し(同被控訴人は右北村の所為は同人が勝手にしたものであり同被控訴人不知のことである旨るる主張し、その旨の供述もするが、前記事実関係からして到底措信することができない。かえつて、同被控訴人は、原審においては「自分に借金があつたので北村名義にした。」趣旨の供述をしている。)、自己が区分建物1の所有名義人になつてからもこれにほしいままに本件3ないし5のような根抵当権設定登記をし(4、5の登記の存することは当事者間に争いがない。)、本件建物の一部分について所有者であるかのような所為に出、ひいては被控訴人協会の任意競売申立てを誘発させたことも明らかである。

さらに、原本の存在と成立に争いない甲第一五、第一六号証に前掲証人西嶋久男の証言及び控訴人本人尋問の結果を総合すると、被控訴人島谷は従来から賃料の支払いを遅怠することがしばしばあり、また暴力団南組とも接触してきたものであり、ことに被控訴人協会が区分建物1について前記競売申立てをする前後の頃には組関係の者中林喜文(原審相被告)と虚偽の賃貸借契約公正証書を作成し、一時同人に本件建物の出入りを認める等の所為にも出たことも認められる。

以上のような事実関係によれば、被控訴人島谷には本件賃貸借契約を継続することを著しく困難にする背信行為があり、それゆえ、賃貸人控訴人は特段の催告なく右賃貸借契約を解除しうると解するのが相当である。

もつとも、賃貸人控訴人は賃借人被控訴人島谷の前記増改築強行後も永年その不信行為を問責することなく賃貸借を存続させてきたことも本件事実関係に照らし明らかである。また、控訴人は前記のような登記がなされていることもかなり前に知つていた節もある。しかし、前掲控訴人本人尋問の結果によれば、控訴人は右増改築を承認したわけではなく、同被控訴人と永年知己であつたこと、賃料を生活費に充てる必要もあつたこと等の関係上やむなく右賃貸借を継続させていたのであるが、このほど被控訴人協会の任意競売の申立てがあり、その対策上ももはや「勘忍袋の緒が切れ」、とにかく賃貸借を解除することとした、というのであるから、前記のような事情も前記判断を左右するものとは解し難い。

4よつて、控訴人の被控訴人島谷に対する本件建物明渡し及び昭和六一年九月一日から右明渡しずみまで一カ月一〇万円の割合による賃料相当損害金の支払い請求は理由があるからこれを認容すべきである(なお、解除当時本件建物の賃料が一カ月一〇万円であつたことは当事者間に争いがない。)。

第四被控訴人協会の控訴人に対する償金債権等代位請求(予備的反訴請求、第四事件)について

1債権者代位の要件

<証拠>を総合すると、被控訴人協会主張の請求原因1の事実(被控訴人協会が被控訴人島谷に対し極度額を超える求償債権―被保全債権―五五七万五八四五円とこれに対する昭和五六年九月二六日から支払いずみまで年一八・二五パーセントの附帯損害金債権を有すること)及び被控訴人島谷(昭和一〇年生)は現在本件建物二階部分に居住し、一階部分で炉端焼店を営業しているものの、その収支内容は楽ではなく、他にも多額の債務も存し(本件根抵当権設定登記4、5にかかる被担保確定債務計一三五〇万円等)、かつ前記営業用の什器備品等以外には他にみるべき財産を有しないことが認められ、右認定事実に反する証拠はない。

2被代位債権の存否

次に、被控訴人島谷の控訴人に対する民法二四八条所定の償金等債権(本件被代位債権)の存否とその額について検討するに、被控訴人島谷は自己の費用で控訴人所有の原建物に二階部分すなわち乙部分を増築附合させたこと、したがつて、右乙部分は控訴人の所有に帰したことは上来説示のとおりである。

そうすると、控訴人は被控訴人島谷の損失により乙部分の価額相当の利得をしたのであるから、同被控訴人に対し民法二四八条所定の償金を支払う義務がある(もっとも、前掲甲第二号証によると、本件賃貸借契約においては、被控訴人島谷は本件建物明渡しにさいし(イ)名義如何を問わず控訴人に金員の請求をしない旨―一三条―及び(ロ)建物に附加した物で取除き困難な物は無償で控訴人に提供する旨―二一条―約されていたことが認められるのであるが、もともと、右はいずれも立退料あるいは賃貸人の承諾によつて生じた必要費、有益費程度の金員または同じく賃貸人承諾のもとになされた通常行われる内部改装程度によつて附加一体となつたものを指し、本件のような無断大規模増築によつて生じた附合に伴う償金は右約定に含まれないと解するのが相当である。)。

しかし、被控訴人協会が予備的に主張する不当利得金債権すなわち、被控訴人島谷がかつて本件建物一階部分ないしは原建物について店舗改装を施したことによる有益費債権については、控訴人、同被控訴人間の本件賃貸借契約において、このような有益費の請求はしない旨の特約が存すること前記のとおりであり、控訴人の本件弁論の全趣旨からすれば、控訴人が不当利得金ないし右有益費の存在を争つている趣旨は右のような点も含む主張であると解されるから、結局、被控訴人協会の前記不当利得金に関する主張は失当である。

3償金の額

そこで、前記乙部分附合に伴う償金債権の額についてみるに、控訴人の弁論によれば、控訴は被控訴人島谷に対し一二四万二〇二五円の限度で償金等の支払義務あることはこれを自認しているところであり、本件においては、以下述べるとおり、右の額を超える償金の存在を認めることは困難である。

すなわち、まず、控訴人は乙部分の附合による利得について善意であつたといわなければならないから、控訴人は現存利益額を返還すれば十分であると解すべきである。しかるところ、本件建物(ひいてはその乙部分)の価額に関する証拠としては、原審における(A)鑑定人中西肇の鑑定の結果(昭和五九年八月時点)と(B)成立に争いない丙第一二号証(被控訴人協会の区分建物1の競売申立てに基づき、その最低競売価格を定めるためにされた不動産鑑定士鳴田彦一郎の鑑定書。昭和五七年九月時点。)が存するところ、乙部分の価額は、(A)鑑定によれば九二万八六〇五円(鑑定は甲(1)部分一四・一三平方メートルと乙部分三六・九二平方メートル合計五一・〇五平方メートルすなわち区分建物1について一二八万四〇〇〇円としているから、これを乙部分のみに引き直し計算したもの。)となり、(B)鑑定によれば一四二万九五四二円となる(ただし、基準時を被控訴人協会の償金代位反訴請求時に近い(A)鑑定のそれとほぼ同じくするため、耐用年数漸減に伴う減価償却率10―25をA鑑定と同じ8―25に修正し、かつ本件においては土地賃借権譲渡承諾料等を予測した減額を必要としないから被控訴人協会のために有利にその減額を除外したもの)。そして、右両鑑定の手法は両者とも建物の再調達価額から減価償却等を配慮した減額を施したものであつて基本的には同一であり、いずれを可とし、いずれを不可とするか、にわかにこれを決すべき資料はないから、その適正価額は両者を単純平均した一一七万九〇七四円(円以下四捨五入)と解するのが相当である。そして右価額が控訴人の前記自認価額を上廻らないことは明白である。また、いま価格算定基準時を本件口頭弁論終結時または控訴人主張の被控訴人島谷が本件建物明渡しをした時とした場合には右相当価額を更に下廻ることは後の時点ほど減価額が増加することからして多言を要しないところである。

してみると、被控訴人島谷の控訴人に対する償金等債権の額は、同被控訴人の出捐額すなわち損失の額が控訴人の利得額を下廻るか否かを判断するまでもなく、結局、控訴人自認の限度で一二四万二〇二五円であると解すべきである。

4結論

よつて、被控訴人協会が債務者被控訴人島谷に代位して控訴人に請求する償金債権等代位反訴請求は右一二四万二〇二五円の支払いを求める範囲で理由があるからこれを認容し、その余は失当として棄却すべきである。

第五結論

よつて、その一部において以上の結論と異なる趣旨の原判決は控訴人の控訴及び被控訴人協会の附帯控訴に基づいて変更を免れず、被控訴人島谷の附帯控訴は理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条、九三条、九五条、九六条を、強制執行停止決定の認可及び仮執行の宣言につき民執法三八条四項、三七条一項を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官今富 滋 裁判官畑郁夫 裁判官遠藤賢治)

別紙 図面 A1階 平面図

別紙 図面 B2階 平面図

別紙

登記目録

和歌山地方法務局新宮支局

受付年月日

受付番号

登記名

権利者

甲区1

昭和四二年一二月二日

第五三三七号

所有権保存

北村照幸

2

四四年一月二一日

二六〇号

所有権移転

被控訴人島谷

乙区3

五三年九月四日

四六四五号

根抵当権

(極度額一六〇万円)

被控訴人協会

4

五五年一二月二〇日

六二九〇号

根抵当権

古田正忠

5

五五年一二月二〇日

六二九一号

根抵当権

石垣直美

(物件目録記載の区分建物1に対する登記)

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